ふと思い立って,買ったまま半分放置してあった「教育メディア科学」(坂本昂監修,オーム社,
)をぽつぽつ読む。読みながら思い付いたことをカードにメモしているのだが,必ずしも本の内容に直結していないのがおもしろい。
出張の移動を利用して,tss氏にすすめられた「グーグル Google 既存のビジネスを破壊する」(佐々木俊尚著,文春新書,
)を読む。整理されてて読みやすかった。これは生徒にも読ませたいな。
出張ついでに買った「無防備な日本人」(広瀬弘忠著,ちくま新書,
)と「数学的思考」(芳沢光雄著,講談社現代新書,
)は暇を見付けて読むことにしよう。「無防備〜」もtss氏のおすすめらしい。
今週から教育実習生が来ている。情報の免許なんかとって,就職の口があるんだろうかと心配になるのだが。
自分が担当する実習生と話していたら
自分が高校生のときには,板書されたことをノートに書くことが大事だと思っていた。 しかし実習生として授業を見学していると,実は大事なことの多くは口頭で語られている ということに気がついた。
と言っていた。おそらく彼はそれ以前に既に大学の講義でそのことを感じていたとは思う。それが実は高校でも同じだったということを実感したということなのだろう。
私は,板書は授業で生徒に与える情報の1/3にも満たないと思っている。ところが多くの生徒の意識はそうではないらしい。ノートを取っているだけで勉強していると錯覚しているように見える。その意識を改めることは簡単なことではなさそうだ。
今日は通院の日だったので,
最近気分が落ち込み気味で と話したところ, 季節の変わり目ということかもしれないんでとりあえず乗り切ってみてください と言われた。乱暴なようにも聞こえるが,この人の言うことってけっこう当たってるんだよなあ。というわけで様子見。
IRC中に 「気がつきにくい内臓脂肪に御用心」 というページの話が出て…そこに
以下の生活習慣は内臓脂肪を増やす原因になるので気をつけなければなりません。\ (略)\ ◇ シャワーだけですまして、おふろに入らない というのがあった。いかん,このページは妻や娘に見せてはいかん。
Pink Floydのアルバムthe final cut中のthe hero’s returnから抜粋:
Though they’ll never fathom it behind my sarcasm desperate memories lie.\ Sweetheart sweetheart, are you fast asleep ? … good.\ Cos that’s only time that I can really talk to you.\ And there is something that I’ve locked away a memory that is too painful to withstand the light of day. ここ 半年くらいずっとこのthe final cutを聞いてる わけだけど,この部分がやたらとひっかかる。だいぶ前に作った 「あたりまえの夜」 の中の 口に出せない嘘も抱いたままで の意味が最近になってわかってきたような気がする。自分で書いたくせに。
職場の組合ニュース(といっても自分が入ってない方の組合だが)に寄稿した文章の中で自分が鬱病になった経緯に触れた。そのせいで,それまで意識しないようにしていた部分や,自分の日常が演技であることに目が向いてしまってちょっとつらい。そのあたりが
口に出せない嘘 なんだと気がついた。
最近読んでる「がんばりすぎてしまう心理」 についても(実は友人に少し助言をもらった…その文章は消えてるけど)その「当たってる」原因は小さい頃の家庭とか地域の事情であり,それに対応するための親の教育方針の結果でもあるのかもしれないと思い当たったりしている。もっともその,親の方針や親自身には感謝しているわけだが。
実はそういう中で 文鳥 とたわむれることがかなり大きい救いになっている。
ここんとここまごまと電車移動なんかがあったので「ブログ進化論」(岡部敬史著,講談社+α新書,
),「ウェブ進化論」(梅田望夫著,ちくま新書,
),「本気でいいたいことがある」(さだまさし著,新潮新書,
)あたりは読んだ。私が買うのは新書ばかりだと家人は言う。確かにそうだ。小説読まないもんなあ。
で,最近「がんばりすぎてしまう心理」(加藤諦三著,PHP文庫,
)を読んでるのだが,これが…嫌になるくらい当たってる。確かに私は「タイプA的性格」だわ。楽しむことが下手だわ。さっさと後半読んで解決に向かわないと,このままではダメージくらいっぱなしだ。
で,気が塞いできたら「生きて行く私」(宇野千代著,角川文庫,
)をぱらぱら読む。私は有吉佐和子が結構好きなのだが,それに通じる痛快さみたいなのがある。