ADSLモデム故障
インターネットへの接続ができなくなった,と娘から申し出があったので,かねてから不調気味だったADSLモデムを確認。LAN側からのpingも届かない,ACアダプタが異常に過熱→SELF TESTが終わらない→電源さえ入らない,というわけでもうどうしようもないという結論。レンタルでなく買い取りにしてあるので有償交換になるわけだが,発送が週明けというのがいたいな。復旧は早くて水曜日くらいかな。
インターネットへの接続ができなくなった,と娘から申し出があったので,かねてから不調気味だったADSLモデムを確認。LAN側からのpingも届かない,ACアダプタが異常に過熱→SELF TESTが終わらない→電源さえ入らない,というわけでもうどうしようもないという結論。レンタルでなく買い取りにしてあるので有償交換になるわけだが,発送が週明けというのがいたいな。復旧は早くて水曜日くらいかな。
Roger Watersの「to kill the child & leaving bairut」が出ていることにようやく気づいて購入。Each Small Candle につながる気がする。
出張で外に出たついでに「JSP&JSTLではじめるサーバサイドJava Webアプリ構築」(沖林正紀著,技術評論社,
),「悪問だらけの大学入試」(丹羽健夫著,集英社新書,
),「ネットワークセキュリティExpert 2」(技術評論社,
)などを購入。「世にも美しい数学入門」(藤原正彦・小川洋子著,ちくまプリマー新書,
)は帰りの電車の中で読んだ。ビュッフォンの針の問題をコンピュータで試した人の話があって,
1億回やったときと比べて,10億回やると1/πとの誤差が√10分の1になる。
というのだが,これに近いことは本校の情報の授業でやっている。
と,CMを見て思ったので
夕刻のニュース番組(木村太郎氏が出演しているものです)で貴社の「スーさん」のCMが流れるのを見て,貴社のマナーに関する意識の低さに失望しました。 そのCMは同席の女性のために横を向いて煙を吐く人やホタル族をよしとするものでしたが,私のように呼吸器が弱い者からすればそれらは他席の客への嫌がらせや近所迷惑でしかありません。集合住宅に住んでいると近隣の住人の煙のためにベランダの窓を開けられないこともしばしばです。そのような者からすればこのCMはマナーというものをはき違えた腹立たしいものでしかありません(自分の家族のために他人を不快にさせることをよしとするわけですから)。 即刻CMの内容をまともなものに差し替えるなり中止するなりといった対策をしていただけることを希望します。 といった内容をメーってみるテスト。
という 記事 があるのを教えてもらった。勤務校の場合は費用より管理の手間という観点からLinuxなどのOSSを導入しているという点が異なってはいるが,できあがった状況には似たところがある。
WordとExcelとPowerPointのMicrosoft形式の文書ファイルを開けること。この最後の条件については、皮肉なことに、 OpenOffice.orgとMicrosoft Officeは互角だった。生徒の自宅では、Microsoft Officeの古いバージョンやMicrosoft Worksが多く使われていたからだ。他のMicrosoftオフィス製品との互換性に問題があったMicrosoft Office 2000さえ使われていたのである。
というくだりには苦笑させられたが,それはそれとして,自宅で作業をしたいという生徒にもOOoなら追加投資なしで使わせることができるので助かる,というのは当方でもよく体験している事だ。PowerPointだとこうはいかない。
某大学から,大学での情報リテラシ教育のために高校の現状を知りたいということで調査依頼が来た。
何に力点をおいているか という問いがあったので パソコンの操作は手段であって目的ではないこと 普遍的な内容であること ほっておいたら生徒が触れずに過ぎてしまう部分(=今の大人がわかっていない部分)に重きを置く
と返答し,授業計画案を送っておいた。
先方からのメールには
高校で必修化された「情報」を履修した学生が入学してくる2006年度からは、上記のような格差は基本的には解消すると考えておりますが、高等学校の「情報」で扱われるカリキュラムにも格差があるということも承っております。
と書かれていたので,
これにより,私はむしろ格差は拡大するものと考えています。たとえば本校はパソコン操作にはまったく比重を置いておりませんし,コンピュータ室の環境もLinux+OpenOffice.orgですからMS方面のスキルを期待されてもまったく応えることはできません。情報A〜Cの内容に大きい差があり,それに加えて各学校の実践に大きい差があるのですから,その共通部分は小さいものだと考えざるを得ないでしょう。
さらに言えば,進学校の一部は情報の授業を何らかの形で受験科目に代替しようとしています(文科省的には認められないことですがそういう動きが現実にあることは否定できません)から,そういった学校の出身者は情報という授業をまともに受けていない可能性さえあります。
そういったことを考えると,高校で「情報」が実施されることで高卒者の情報リテラシ技術はレベル,方向ともに拡散すると予想しています。その状況下において,単純多数決的な多数派に合わせた対応になってしまうことは避けていただきたいと考えております。
と反論を述べておいた。