OOo in 会津若松
会津若松市では OpenOffice.org とODF文書の導入を進めているというが,いくつかの 情報 が追加された。 今年の5〜8月に行なわれた研修の感想が公開されているが, それを見る限りでは今までほとんど使ってなかった人も少なくないように見える (全パソコンへの導入は去年の10月までに終わっていたというのだが)。
とりあえず,学内MLに「こんな風に進めてるところもあるんよ」とメーる。
会津若松市では OpenOffice.org とODF文書の導入を進めているというが,いくつかの 情報 が追加された。 今年の5〜8月に行なわれた研修の感想が公開されているが, それを見る限りでは今までほとんど使ってなかった人も少なくないように見える (全パソコンへの導入は去年の10月までに終わっていたというのだが)。
とりあえず,学内MLに「こんな風に進めてるところもあるんよ」とメーる。
午前中は雑用をかたづけに職場に出向いた。 そのときは普通にしていられたのだけど, 帰ってきたら一気にダウン。 しばらく家を離れていて,やはり疲れたんだな。 研究会の類はハイになるから,その反動が…。
新幹線の中で日記をまとめようと思ってノートパソコンを開こうとすると…
起動がやたら遅い,というか,途中で動かない。
どうやら
HDAPS
(Hard Disk Active Protection System)が敏感すぎて
とまりっぱなしになっているものと思われる。
しょうがないのでsingle userモードでたちあげて一時的に
hdapsdを外しておいた。
追記:後で上記サイトを見てみたら,デフォルトで5になってるsensitivityは敏感すぎるから
12くらいがちょうどいいんじゃないかという
記述
を見つけた。Debianだと
/etc/default/hdapsdを修正すればいいようだ。
さらに追記:再インストールをして気づいたが, Debianではデフォルトは15になっていた。 私が手違いで数字を一つ消してしまったのだろう。
というわけで武蔵工業大学へ。 キャンパスに到着したら,きれいな案内サインがあちこちに作ってある。 こっち方面ではそのあたりだだくさな人が多いから(A4の紙に印刷して貼って回るとか), てっきり別のイベントだろう(提灯も飾ってあったし)と 思いそうになったが,ロゴを見てみると間違いなくこの大会だ。 さすがに国内だけあって知ってる顔が多い(後で発表があったが, 参加者は約300人とのこと)。
午前の講演には特に目新しい話はなかった。 特にICT環境の整備状況なんてわざわざ時間とって話すほど 意味のある調査じゃないだろう,とか。
午後の分科会ではいろいろヒントをもらう。福島毅氏(松戸市立松戸高校) 「教育における知的生産型コンテンツ」は,この状況を作り上げたことを 素晴らしいと思う。 共有の良さをわかる人をもっと増やすことができたら,いろいろ幸せになる。
上杉茂樹氏(宮城県立泉館山高校)「Excelと学ぶ数理統計」は, 私の実践 ( 配布資料 )と同じ動機に基づくものだとは思う。もっとも,焦点をあてたいところが違うので 具体的なアプローチは違っているが。この路線をもっと深めたいとは思うが,時間の制約が…。
ポスターセッションでは, 嘉村均氏(神奈川県立希望ヶ丘高校)「情報機器を使った授業は有効か」 に足を止めた。この件について私の考えは 過去に述べたこと と変わっていない。図版や動画の提示のために3分程度使うのがいい (そのための準備のコストに見合うかとかいろいろ問題はある)ということだ。
追記:MT氏は ブログ で「結論が性急すぎる。プリントの工夫など改善の余地があるのでは」と 述べている。 いずれにせよ,黒板の単純な代用にはならないということについては, 意見は一致しているように思われる。
企業展示の終わりぎわに,資格試験をやっている サーティファイ の人と話した。本校ではクライアントにLinuxを使っているのでこういった検定には 合わない云々ということから始まって,OpenOffice.orgを使うような人は「できる〜」にある 程度のことは試行錯誤で探し当ててしまうから「できる〜」が必要な人の気持ちを本当に わかることができないんじゃないかとか,先日のOSC2008に鎌滝さんが来ていたとか。
懇親会では,弘前から来た先生を辰己氏に紹介された。 最初はLinux上でドリトルを使うことの相談だったのだが, 話がはずんで技術科の新学習指導要領のこととかいろいろ話し込んだ。
終わって携帯のナビを確認して10時くらいに帰れると思っていたら, 人身事故で東横線が止まっているという。 そんなわけで1時間くらい遅れて帰宅。
SSS最終日…といいつつ,実際にはフリータイムである。 不案内なところで一人行動するのはどうかと思ったのでオプショナルツアーを予約しておいた。 実は別のコースを頼んでいたのだが,人数が少ないからということで全員同じ コースに集約されてしまった。 しかしそれはそれで楽しめたから結果オーライじゃないかとも思う。
乗馬体験は初めてのことだったが,けっこう楽しい。疲れるけど。
昼食の鍋は辛かった…2日目にホテルのそばの店でも食べたけど,そちらは 手加減されていたように思う。私は辛いの好きだし,おいしいからいいんだけどさ。
世界遺産の城山日出峰に登る。 てっぺんあたりはかなり急だった(おかげで下りが怖かった)が,登ってみると気持ちいい。 たしかにおもしろい地形だ。
遊覧船で 謎の外国人(Korea云々と言ってたような気はする)からフレンドリーに話しかけられた。 長髪を結んで髭を生やしているというところで親近感を持たれたのだろう。 ひどく片言な言語コミュニケーションではあった。 後で周囲の人にその話をしたら, 「ここでは自分自身が謎の外国人だってことを自覚しなきゃ」とのこと。

今日は発表がぎっしり詰まっている。 特に興味をひかれた発表について:
布施泉氏(北海道大学)らが教科「情報」が実施される前から行なっている調査によれば, いくつかの設問については「わからない」から「自信をもった誤答」に移行している 状況があるという。「音楽CDの曲を他人がアクセス可能なコンピュータ上に置くこと」の 是非については,iTunesやYoutubeの状況から誤解しているのだろうという解釈がなされている のでまあいい。問題は「引用」に関する「公開された著作物を引用するには著作者の 許可が必要であるか」という設問について上記の状況があることだ。 著作権に関する教育はほとんどの学校でなされているだろう。 しかし,それが「とにかく何でも許可なしにやっちゃだめ」みたいな話になっている (少なくとも生徒の印象が)状態になっていないかということだ。 論文には
著作物について考察する場合には,通常は,他人の著作物の保護に関する教育を 全面に進めていると考えられる。 CITE 『SSS2008 情報教育シンポジウム論文集』p.22 とある。本校はどちらかというと,18〜28条あたりはさらっと流して, 30〜38条あたりに重点を置いているので,この結果が意外なものに思われた。
単なる○×でなく,それに自信度を付加する形での回答をさせたことが, この調査結果に結びついたわけだ。 授業者の思い込みに陥らないためには,このような事例をさらに増やすことが 求められているのだろう。本校では3学期に著作権などの話をするので, 何か準備をしておきたいところだ。
青木浩幸氏(高麗大学)らによる中学技術科での計測制御に関する発表を見て いくつか心配なことが頭に浮かんだ。 学習指導要領は「プログラムと計測制御」ではなく,「プログラムによる計測制御」 なのだということだ。 技術科の教員はコンピュータに明るいとは限らない。彼らの中に自分の手で 「プログラミングによる計測制御」をやってきた人はどのくらいいて, その実践をどのくらいイメージできているのだろうか。 学習指導要領で必修と定められた以上,教科書には掲載されるはずなのだが… 恐れるのは,適当な「逃げ」の手法が広まってしまうことだ。 そうなる前に,真っ当な手法が広まってほしい。
三浦元喜氏(北陸先端科学技術大学院大学)の Anchor Garden はおもしろい。私自身,Javaでプリミティブ型とオブジェクト型を意識しなくてはいけないことで いくらか混乱した経験がある(C++の経験が助けになったが)。 それをこうやって図示するのは確かに意味があると思う。
荒木恵氏(慶應義塾大学)らが行なった,プログラミング教育の導入のための ワークショップにも興味をひかれた。プロジェクトに関わるいろいろな 立場…施主・設計者・プログラマ・テスタ…のコミュニケーションを体験しようというもので, ここにアンプラグドの考えが用いられている。 私が行なう情報の授業ではこのような役割分担について触れることは想定しないが, 言語による意思伝達のシビアさは何らかの形で体験させたいと考えていたのだ。 具体的な授業の形はまだ思い浮かばないが,じっくり考えてみたい。
阿部圭一氏(愛知工業大学)の『良い情報表現のための一般原則』は今回の発表の中で 異色だったかもしれない。 「知的生産の技術」や「発想法」などのLife Hackが提唱されてからずいぶん経つ。 阿部氏がこの発表や著書『明文術』で行なおうとしていることは, それの現代版のように思えるのだ。
ナイトセッションのとき,Unplugged本(購入したPDFをプリントアウトして 2穴バインダに閉じたもの)にTim Bell氏のサインをいただいた。
車が右側通行というのはまだピンとこないなあ。 信号は3つじゃなくて左折矢印ありの4つだとか, メニューの値段の桁数が多かったりとか, エレベータの扉に謎のピクトさんがいたり (もたれてると右の絵みたいに落っこちるぞってこと?)とか, 案内板がハングルと日本語と中国語で書かれている(英語がない)とか, いろいろ思うことはあった。

初海外ということで,あらかじめいろんな人から聞いていたアドバイス通りに行動。
たとえば出発の2時間前にちゃんと空港に行く(1時間前でもなんとかなるといっても!)とか,
ウォンへの両替とか,持ち込み荷物のこととか。
おかげで何のトラブルもなく済州島に到着。
お昼はビビンバをいただいた。野菜が多くてヘルシーっぽい。\

Unplugged Computer Science のTim Bell氏と,高麗大学のHyeonCheol Kim氏の招待講演から始まったが, 英語だということでやはり大部分わからなかった(スライドを頑張って読んだが, それでも…)。 それはそうと,Tim氏のスライドに 間辺氏 の名前が出たときには驚いた。
久野靖氏「日本の情報教育の現状と将来に向けての活動」\ 今の教科「情報」が生徒にとっても教員にとっても教員志望者にとっても 明るい状況にないこと, ソフトウェア開発が日本では価値を理解されずに寒い状況にあることなどが話され, これらを打開するにはある程度は「技術」についても裾野を広げる必要があるという。 私が勤務校で情報Bをやっているのはおよそ同じ考えに基づくものだ。
講演の質疑で「技術の前に科学がある」という発言があった。 思うに,Unpluggedはコンピュータ科学のためではあるが, コンピュータ自体が既に技術の結果であるということは, そのベースになっている科学があるということだ。 私感だが,その科学はコンピュータという機械のために考えるものとは, 少し別の次元にあるのではないだろうか。
和田勉氏「アジア圏におけるアンプラグドの取り組みと工夫」\ “Parroty Error”は日本語版では訳されなかったが(別なジョークを思いつかない限り, それが最良の選択だと思う),韓国や中国では直訳されたために意味不明になっているという。 冒頭で「狭義」のUnpluggedはTim氏の本にある12個のactivityをさすという話をしたが, それが決して「教義」になってはならないのだと私は思う。
また(略)近鉄の車内で『退屈力』(齋藤孝著,文藝春秋)を読む。 依田九段の 『プロ棋士の思考術』 のところでも書いたこととも通じるけど,この本はタイトルで誤解されそうな気がする。 中を読めばわかるのだけど,タイトルと帯だけ見た人は 退屈に我慢することを「退屈力」と言ってるように誤解することが可能だからだ。 念のため,71ページの説明を引用する:
明らかに退屈に感じることを我慢するのが「退屈力」なのではない。 傍から見れば退屈に見えるようなことの中に, 当人が退屈を感じずに喜びを見出していく力,それが「退屈力」である。 例によって主張するところは私の思うところとおよそ近いが, いくつか改めて気づき直したことがある。 たとえば身体的なものを信じることの重要性もそうだし, 私が今まで集中してやってきたこと−たとえば数学とかMIDIの打ち込みとか プログラミングとか−にあったのは,やはり「退屈力」だったということもそうだ。