不定期戯言

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2013.12.09 (Mon)

自分のコピー

・数学教師として就職したとき,生徒を自分のコピーにすることを目標に考えていた。そうすればいい成績が取れるだろう,と。でも,それがおかしいと思うところからこの仕事はスタートするんだな,と思った。

・試験対策が勉強だという錯覚…という話をしてたら,そんなことを思い出した。

コメント(4)

読者 wrote at 2013-12-10 21:13:

そういう考えを持つ「教員」の存在を知れたことが、勉強になりました。
カミングアウトへの道程も気になります。

わたやん wrote at 2013-12-11 00:43:

教師ってたいていはその教科が得意で自分なりのノウハウも持ってるから,同じものを生徒が持てば…と思ってしまうことはよくありそうな気がします。私自身も最初1,2年はそんな風に考えてましたから。でも名選手は名コーチや名監督ではないんですよね。それに生徒は自分とは違う人間なのだし。また,教師は生徒が自分を超えることを目指さなくちゃいけないのだし。
教えた通りにやらなくちゃいけないという縛りは,自分がルールだという学級王国を作ることにしかならないのだと考えています。

読者 wrote at 2013-12-11 23:20:

ご返答、ありがとうございました。
「最初1,2年」で良かった?です。

私の教員1年目は、授業が崩壊してました。パニック障害(的なもの:通勤途上の電車内、妙に心拍が上がり、異常に気持ち悪くなり、駅でしばらく休んで職場に遅刻)も発症(記憶では2回)するくらいでした。
今思えば、切羽詰まっていました。目標もクソも無かったです。

(教員養成)大学時代、「教え子からノーベル賞を出す」と何度か言っている後輩(現理科教諭)が居たこと、この「自分のコピー」という日記を拝見して(約20年ぶりに)思い出したのは事実です。

教員の「多様性」を大事に、私も精進いたしますm(_ _)m

読者 wrote at 2013-12-11 23:26:

たびたび、すみません。
先ほどの「後輩」の発言に対して、私は「自分でノーベル賞取れよ!」と思いました。口にはしていません、昔も今も。

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2013.12.06 (Fri)

大学の「授業」

・Facebook経由で「大学は教育環境を提供するところ」とか「アメリカの大学と日本の大学の違いは一言で言うと集約度」の記事を読む。予習復習をしない,あるいは問題を解くことばかりが勉強だという誤解がある中では,数で学生を追い掛け回す形になるのも仕方ないのかもしれない。

・そういえば最近,大学で「授業」と言う言葉がよく使われるようになった。自分が学生だった頃には外国語くらいでしか聞かなかった言葉だと思う。やりっぱなしの講義ばかりだったけど,そういうのは単に勉強するためのきっかけとかとっかかりを与えてくれるものであって,講義で勉強するというものではなかった。ノートをコピーしてもらうというのも何のためにやっているのかまったくわからなかった。まるで勉強会に行って,スライド資料をダウンロードして,なのに実際にコード書いたりしないみたいな,そんな感じ?そんなやり方で理解できるような頭の良さを持った人がうらやましい。

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2013.11.30 (Sat)

明日の教室

・というわけで南生涯学習センターへ。近くのガイシホールでは矢沢永吉のコンサートがあるようだ。タオルくらい買っておきたい気がするが,ここは我慢。

・講師は横山験也氏。内容について一つ一つは書かないが,いろいろな意味での「実感」が重視されていたように思う。最後に紹介した『奇跡のソフトで小学校の算数がスッキリわかる』のソフトにしても,算数が得意な子は等積変形が何の苦もなく頭の中でできるのだけど,それができない子にはその「実感」がない(特に「数学」教師になる人は,それができないことが理解できないことが多いのではないか)。それは中学や高校にもつながっているだろう。たとえばこんな図を描いて気持ち悪いという「感覚」を持てないことが私にはわからないのだけど,平気で書いてしまう生徒が実際にいるのだ。

・『奇跡の〜』はおみやげに一冊いただいた。算数のソフトだからそのまま私が授業で使うことはないのだが,情報の授業で彼らが「実感」を持てるような教材を作るためのヒントが得られるだろう。

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2013.11.28 (Thu)

学年通信

・学年通信の当番だったので,こんな文章を書いてみた。

・国立情報学研究所などが開発した人工知能「東ロボくん」がセンター試験の模試に臨んだ結果についての報告会が先日行われました。テレビのニュースなどでも取り上げられたので,その話を耳にした人も多いのではないかと思います。実際のところ,まだ目標とするレベルには到達していませんが,それでも科目によっては平均点以上の成績,多くの大学でA判定を取る程度の結果は出したそうです。コンピュータのプログラムに過ぎない人工知能がこのような結果を出したことについて,どのようなことを考えましたか。

以前はコンピュータを使うにあたっては,コンピュータが扱いやすい形に問題を整理することが必要でした(場合によってはそのためのプログラムを開発します)。それは人間にしかできないことだと従来は考えられていました―人間が問題を解決するためにコンピュータを下働きに使うのだ,それが逆転するのはSFの世界の話だ,と。しかし,人間用に書かれた入試問題を一部の人間よりも良い成績で解くことができる,人間のための指示を平均的な人間よりもうまくこなせる可能性が既に示されました。それに,実際に人間がコンピュータの下働きを(非常に安価な報酬,あるいは無報酬で)する現場はもう既に存在しています。たとえばAmazon メカニカルタルク,画像や動画サイトなどのタグ付け,…。

コンピュータは人間よりも安い経費で働くことができます。このことを言い換えると,コンピュータと同程度(あるいはそれ以下)の仕事しかできない者に高い賃金が与えられることは今後なくなるということです。そのような仕事を割り振る先は日本のような人件費の高い国でなくてもいいのですし。

「一を聞いて十を知る」のが人間の頭脳の優れた点です。一方コンピュータによる人工知能は「一兆を聞いて十を知る」アプローチを採用しています。暗記ばかりで勉強を乗り切るのは後者のアプローチですが,それでは決してコンピュータに勝つことはできません。人間は一兆を聞くことができませんから。さあ,どうやってコンピュータに勝てばいいでしょうか。

・期末テストを目の前にしている君たちにしてみれば,少しでも効率よく勉強したい,余計なことはしないで済ませたいという気持ちが起きるのは,ある意味しかたないことです。しかしそのことが「劣化した知識」を貯めこむことになってしまうことを危惧します。点数をとるための最適化はしばしば劣化を伴い,悪貨が良貨を駆逐するように,点数をとる以外には役に立たない知識が蓄積されます。

内田樹は橋本治との対談の中で,十代の若者のコミュニケーションについて今は,傍で聴いていると,ほんとにストックフレーズが行き交っているだけなんです。出来合いの言葉をひたすらハイスピードでやり取りしてる。語彙もわずかだし。そうでなければ,うちの子もそうでしたけど,沈黙している。と述べています(ちくま文庫『橋本治と内田樹』から引用)。十代の感情なんてそんな単純に表現できるものじゃないはずだろうとか,単純な表現ばかりしていると単純な考えや単純な感情しか持てなくなってしまうとか,言いたいことはいくつかあるのですがここでは割愛します。確認テストや定期テストに出される問題には「ストックフレーズ」で処理できてしまうものも少なくありません。しかし耳あたりのいい言葉を並べただけの歌詞が時間の消費でしかないように,ツルツルしたストックフレーズは何も生み出しません。無理やり紡いだザラザラの言葉で沈黙を破ることでしか,新しい考えは生まれません。「○○を勉強して何の役に立つんですか」というような質問がありますが,それはわざわざ何の役にも立たないように勉強している者の錯覚からくるものでしかないと考えています。

1964年の東京オリンピックの頃に現れた新幹線やテレビの新技術は社会を変化させました。2020年の東京オリンピックのときにはどんな変化が起きるのでしょう。「東ロボくん」は2022年までに東大に合格することを目標にしています。それが実現されるまでに,少なくとも教育は変わっているはずです。

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2013.11.23 (Sat)

東ロボくん

・NHKのニュースで,東ロボくんを取り上げていた。人工知能に入試問題を解かせてみるというもので,一部の教科では平均点を超える成績が出せたとのこと。このことは教育に関わる者として,脅威と感じるべきことだ。

・コンピュータの下働きを人間が行なう構図はもはやSFではなく,既に現実化していることは新井紀子氏の著作でも述べられている。その仕事に多くの賃金が支払われることはないだろう。初等中等教育を行なう学校の目的が入試対策であるとするなら(と,精一杯の嫌味をこめて書いてみる),それはコンピュータの手下となる人材を育てることにほかならない。日本の最近の教育が安価な労働者の育成であったということはここに書いたか書かなかったか思い出せないけど,その方向性は強く固定されることになるのだろう。

・この連休が明けたら4週間休みなしなので,ちょっと酔ってる。

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2013.11.19 (Tue)

掛け算の順序

・掛け算の順序に関する話題が繰り返されている。「6人の生徒が4本ずつ鉛筆を持っていました。全部で何本ですか」というのを6×4という式で答えると減点されるとかそういう話。4×6と「書く」ことが正しくて6×4と「書く」ことが間違っているという判断は,考えていることが式に正確にあらわれているということが前提になっていると思うのだけど,子供たちは考えていることをそんなに正確に表現できるものなのかな。言葉でさえ正確な表現をすることは難しいのに。

・ところで,このような評価を行なうことによって「算数や数学における主張は式ですべて表現できる」という錯覚を起こさせてしまう弊害がないだろうか。そのことが「どうして解答は式だけじゃいけないんですか」「答えが合ってるのにどうして減点するんですか」という高校生のセリフにつながっているように思われる。本来は言葉の隙間に式があるものなんだけどなあ。

・小学校だと文章題でもあまり言葉で説明を書かせてないんじゃないかな。今はどうなのかわからないけど,自分たちの頃はそうだった。わかってることや考えた筋道を言葉で説明して書いてみるのは,気持よくて楽しい遊びだったのだけど。

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2013.11.04 (Mon)

考えろ

・「茂木健一郎に騙されて…」が話題になっている。本人は通信制高校を悪く言ったことを含めていろいろ反省しているようなので安心ではある。私から見れば「大学で学力が必要だなんて,当たり前なことを説明する必要がどこにある」という話ではあるのだが。

・私の今年の授業では「学校の授業では『知的生産』なんてやってない」という話をしている。用意された答えを言い当てることは何の生産にもなっていないということだ。しかしその能力は必要なことだということも説明している。用意された答えに行き着く力さえない者が,あるかどうかさえわからない答えに行き着けるわけがない,それは必要条件なのだ,と。

・『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』(森博嗣著)でも,言ってることは「考えろ」「考えることをやめるな」ってことだと思うんだよな。

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2013.10.31 (Thu)

達成度テスト

・1点刻みがよくないから大まかな段階にする…って言ったって,生徒は「1つでも上の段階」ということで,さらに結果が隠されてわかりにくくなった状態で「もがく」ことになるんじゃないのかな。目盛りを粗くすることは解決にはならないと思うんだけどなあ(そんなことを職場の会議で20年くらい前に言った気がする)。

・その辺りをいくら変えたって,高校は「対策」で何とかしようとしちゃうから,何も変わらないと思ってる。足枷をつけた者どうしのくだらない競争。

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2013.10.18 (Fri)

教員の残業時間

・教員の「残業」が月95時間とかいうニュースが話題になっている。もちろん残業代が出るわけではない。例の調整給4%というやつで支払われているという建前だ。だからといって,残業代を時間で計算するというのもおかしい。もし時間に応じた額を支払うということになれば,必要なことだけをやってさっさと切り上げなくてはいけないのだが,そういう仕事の仕方では回っていかないようにシステムができてしまっているのだ。もちろん仕事の生産性をあげることは大切で,ちきりんさんのブログに「生産性の概念の欠如がたぶんもっとも深刻」という記事があるように,生産性をあげることでしか改善されないものはある。しかしなぁ…日本の学校って,なんというか「体温」みたいなものを大事にして成り立ってきたシステムだから,それを変えるのは簡単なことではないんだよなぁ。黒船が来れば話は別なんだろうけど。

・新しいことをするというのはすべて言い出しっぺが身を切って状況を整えることだ。職場の若い同僚と話していて,そう言わざるをえなかった。

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2013.10.11 (Fri)

教育再生実行会議は国賊か

・国公立大学入試で「人物評価」をするとか言い出したらしい。こいつら馬鹿だ。さもなければ国賊だ。

コメント(4)

だきわ wrote at 2013-10-11 18:19:

うーん、どんな学生求めてるのか?ってのが明確になって
それに向かって学生さんが来てくれるんならいいと思うんだけど。
今会議で言われている入試の形は少し違うなあと思います。

だきわ wrote at 2013-10-12 07:43:

人物重視と大きく見出しにしているのは毎日だけみたい。
マスコミのミスリードもあるかも。
確かにセンセーショナルで先生釣れそうな内容。

わたやん wrote at 2013-10-12 11:27:

アドミッションポリシー云々にしたって、「対策」で何とかしようという方向に走るのが目に見えてる気がします。

だきわ wrote at 2013-10-12 17:20:

「対策」かぁ。(T_T)

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